スミタス小説「おひとりさま、家を買う」(13)

中古住宅が売買されるまでには、いくつものストーリーがあります。売主家族、買主家族、不動産業者やリフォーム業者など、売買に関わる人たち全てに日々の生活があり、人生があり、考えも思いもさまざま。
そんな、家の売買にまつわる物語をお届けするシリーズ。
第2弾の主人公は、東京の独身OLで実家暮らしをしている30代半ばの“私”です。
周囲に流されて始めた婚活を辞め、自分のやりたいことをやると決めた“私”は、昔からの夢だった“カッコイイ”自分の家を持つことや憧れの北海道で暮らすこと、犬を飼うことetc…に思いを馳せ、夢の実現に向かって行動していきます。
様々な問題や悩み事にぶつかりながらも「札幌市内で中古マンションを購入してリノベーションする」というアイディアにたどり着いた“私”。中古物件に強く建物診断やリフォーム・リノベーションなどのサポートに手厚い不動産関連企業と出会い、ついに未来の“自分の家”となる物件を決めます。
様々なことがまとまりかけ、デザイン選びや間取りの変更など、具体的な家づくりへの計画を立てていたところで、一難去ってまた一難。“私”の兄夫婦との同居に向けて実家をリフォーム予定の母が、突然“私”との同居を希望。実家のリフォーム計画に納得のいかない母の決心は意外にも固く、家族の心もバラバラに。
悩みながらも“私”は新しい家族のカタチを模索し、「1人暮らし用に」と決めていた自分の家づくりプランを、家族が自由に行き来できるように変更しようと考えを新たにしますが…。
(第13回)新しい暮らしに向けて〜母と私と、犬と

その後は、大きな波乱もなく打ち合わせが終了した。
もともと事務所に使われていたという広いリビングに間仕切りをつけて、長期間滞在できるような来客用スペースを設ける。そこを母の部屋として活用しても良いように部屋をつくってもらう、という方向でまとまった。いよいよ本格的に家づくりがスタートすることになる。
「泣くほど嫌だったなんてねぇ…。やっぱり、あなたの長年の夢を邪魔することになるのは申し訳なかったわよね…」
成人した娘が人前で泣き出したことに母は大変動揺した様子で、その後の口数は極端に少なくなってしまっていたのだった。
母が決まり悪そうな様子で助手席から運転席の私を見つめる。
私と母は、打ち合わせを終えた後、レンタカーを借りて家の周辺をドライブすることにしたのだ。
「あの場ではうまく言えなかったんだけど、お母さんと一緒に暮らすのが嫌だとかそんなんじゃ全然ないよ。なんていうか、家族が…というか、お父さんとお母さんがバラバラになるっていうのが、具体的に想像してみると少し堪えたっていうのかな…なんかそんな感じ。
でもみんなもう大人なんだしね。まだまだお父さんもお母さんも元気なんだから、元気なうちは自由に札幌と東京を行き来したりしてさ、なんかそういう風にできればいいのかなって。私の方の家も、限界はあるけどお母さんが過ごしやすいように出来そうだし、お兄ちゃんたちの家の方もさ、もう少し工夫してもらって、どっちに居ても居心地良いようにしてもらったら良いよ」
突然降って湧いたように思った母との同居話だったけれど、よくよく考えると、私も母も楽しめるならそれも悪くない、と思うようになってきていた。実家に帰ったら、兄夫婦も父も納得できるようにもう一度前向きに話をしてみよう。
気ままにハンドルを切っていると、車は少し郊外の方に出たようだ。
「こんなに道が広くてこの交通量なら、ペーパードライバーの私でも運転できそうね。帰ったらペーパードライバー講習に申し込まなくちゃ」
母が少しわくわくした様子で話す。
「うーん。さっき見てきたように、家の周辺は車がなくても交通利便性に問題なさそうだけど、確かに少し郊外に出るだけで、ずいぶん状況が変わるみたいだね。とはいえ、お母さんは運転しない方が良いよ。郊外に出ることもそんなになさそうだけど、必要な時は私が車を借りるなりして運転するし、札幌市内だと郊外に出るにしてもバスの路線もたくさん走ってるしね」
高齢者ドライバーの運転が社会的な問題になっているというのに母ときたらのんきなものだ。
母は、ペーパードライバーな上に、そう何年も経たないうちに高齢者ドライバー講習を受けなければならない年齢になる。東京で暮らすよりは不便になるだろうから、母なりに札幌での暮らしを考えた上で言っているのだろうけど…。バスについても近々調べておこう。

さらに郊外を走り続けていくと、ペットショップの看板が見えた。
「寄っても良いかな?」
実際に飼い始めるのは、こちらの暮らしに慣れてから、と思っていたけど…。
大きな犬を飼う夢。母が一緒なら、少し前倒ししても良いかもしれないな。
思わぬことの連続だけど、その都度良い方向に進めるように舵を切っていけば、きっと最終的には理想のゴールにたどり着くはずだ。
「リビングが狭くなっちゃうなら、あんまり大きすぎない犬の方がいいんじゃないのかしらねぇ…。ここにいる仔たちは、今はみんな小さいから、成犬になるとどれくらい大きくなるのかも考えないとねぇ。小型犬もやっぱりカワイイけど、あなたの好みとは違うのかしら?あらあら猫もカワイイわねぇ、ちょっとほらみて、ウサギも良いわねぇ」
「あのね、きょう決めなきゃいけない訳じゃないから、そこまで真剣にならなくても良いよ。ほら、そんなに覗き込んだら動物たち怖がるって」
母の熱中ぶりには、思わず笑ってしまう。
とはいえ、確かに母にも散歩やその他のお世話を手伝ってもらうなら、大型犬ではない方が良いのかもしれないな…。
出来上がった家を想像しながら、動物たちが暮らす様子を思い浮かべてみる。
なんとなく「とにかく大きい犬!」とばかり漠然と考えていたけど、間取りも変わることだし、もう少し色んな選択肢があっても良い。それこそ母がいうように、猫やウサギも良いかもしれない。
「あら、ねぇこの仔、お値引きされてる。どうしてかしら?」
母と私の目に、1匹の子犬が目に入った(続く)