スミタス小説「中古の私が売れるまで(3)」

中古住宅が売買されるまでには、いくつもの物語があります。売主、買主家族、不動産業者などの売買に関わる人たちには生活があり、人生があり、考えも思いもさまざま。
そして、もし“家”そのものにも感情があって思いがあるとしたら?
“家”はどんな思いで自分が売買されていくのを見つめているのでしょう。
そんな“家”の視点から見た中古住宅売買の物語第3弾。
家主の高齢化により、とうとう売りに出されることに決まった主人公の“家”こと私。さっそく大手の不動産会社から営業担当者が査定に訪れましたが、その仕事ぶりを見て私は不安なんだか不安でいっぱい。果たして私と家主は信頼できる不動産業社を見つけることができるのでしょうか?
(第3回)中古物件の査定ってこういうもの!?

初めての査定を終えてから数日。
その後もいろんな不動産業者がやってきた。
最初の査定の時は、営業担当者がしっかり私を見てくれていないような感じがしてちょっぴり不信感を持ってしまったのだけれど、それは私自身も査定というものがどういうものかもわかっていないせいかと思っていた。
けれど、今のところ、どこの会社もどの担当者も同じような感じ。
数社の査定を受けてみて、わかったことが幾つかある。どうも“私”こと戸建の中古物件の査定は、単純に㎡単価を割り戻して計算されているみたいだということ。私の“健康状態”がどう、というより単に私が築40年近い物件であること、つまり年数と広さだけで評価されているらしいということ。
奥さんが熱心に私のリフォーム履歴や私の良いところ、不具合がある部分などを話すと、担当者は、奥さんの表情を見てその場その場で価格を変えたりすることもあった。1番驚いたのは、私を見もせずに査定書を作ってきたらしい業者が最初の1社だけじゃなかったことね。
最終的には、私が建っているエリアや土地の人気度、流通状況なんかを合わせて、私の価格は決まっていくみたい。業者によって多少の違いはあるけれど、もともと担当者があらかじめ考えている最低ラインの価格があって、そこに合わせてご夫婦の表情を見ながら査定価格が決定される、というどこも似たような流れ。
いかに安い金額で納得してもらえるのか、というのはもちろんどこの会社も目指しているところではあるのだろうけど…。
ご主人はとにかく1番高く売ってくれるところが良いみたい。かといって「高すぎるといつまでも買い手がつかないかも」という心配も抱えているよう。
一方奥さんは「後からトラブルにならないように、納得した状態で売りたいし、買主になる家族に気持ちよく住んでもらいたい」と思っている。
「汚れているところもあるし、キズもある家だから…。リフォームっていうんですか? そういうものが必要だと思うのですけれど」と奥さんが査定に来た不動産業者に相談しているシーンも目にしたけれど、なんだか曖昧に言葉を濁されてしまったこともあった。
どうも、不動産業者自体は“そんな時間もお金もかかる面倒なことはしたくない”という姿勢のところが多いみたい。私自身もできれば、新しい“貰い手”に住んでもらう時には、もう少しキレイな状態になっておきたいのだけれど…。
なかなか夫婦ともに「ここに任せよう」と思える不動産業者が見つからない。ご夫婦も私も、もっと簡単なものだと思っていたのに…。

各社の査定書を並べて、夫婦で検討を続けること数日。
ご夫婦が介護付きマンションへの引越しを予定している日までちょうどあと半年。
「もうここでいいんじゃないか。明るくて感じのいい担当者だったし、何よりすぐにでも5組のお客さんにウチを紹介できると言っていたじゃないか。金額だって我々が考えているよりは高い値をつけてくれたし…」
ご主人は最初に査定に来た大手の1社にほぼ心を決めたみたい。
「そうね…なんだかどこも同じような感じだったし、こういうものだと割り切ってお願いしようかしらね…。でもこのまま引き渡してしまっていいのかしら? 綺麗に住んできたつもりだけれど、なんといっても40年近く経っている古い家であることに変わりはないから…。本当に売れるのかしらね…」
「プロが“売れる”と言っているのだから大丈夫だろう」
奥さんはなんだかまだ納得していないみたいだけれど、いつまでも逡巡していても仕方がない、と思い始めたみたい。
あぁ…でも私、なんだかあの担当者のいうことは信用ならない気がするのよ。みんな同じような感じだったとはいえ、あの人は特に勢い任せの良いことしか言わなかったし、とにかく契約にさえこぎつければ良いという感じが目に見えていたんだもの…。
それにご主人はさっき“プロ”とは言ったけれど、あの人は営業のプロであって、建物に関してはプロとはいえない気がする。私の状態を正確に見て査定していたとは思えない。
私にも口があって意見をいうことができればどんなに良いか…。
「確か媒介契約というのを結ぶのだったわね。専任だとか一般だとかなんだかよくわからなかったけれど…。明日か明後日にでも連絡してもう一度説明してもらいましょうか」
そう言うと奥さんは受話器を取
った。(続く)