スミタス小説「中古の私が売れるまで(9)」

中古住宅が売買されるまでには、いくつもの物語があります。売主、買主家族、不動産業者などの売買に関わる人たちには生活があり、人生があり、考えも思いもさまざま。
そして、もし“家”そのものにも感情があって思いがあるとしたら?
“家”はどんな思いで自分が売買されていくのを見つめているのでしょう。
そんな“家”の視点から見た中古住宅売買の物語第9弾。
家主の高齢化により、売りに出されることに決まった主人公の“家”こと私。紆余曲折を経て家主夫婦は“建物診断”に力を入れている不動産会社に“私”の売買を任せることに。
“私”を売り出すために親身になってくれていたとは言い難い以前依頼していた企業の担当者とは打って変わり、“私”の本当の価値を真剣に考えていてくれている様子の新しい担当者。“私”と家主夫婦は中古住宅の価値は、立地など不動産としての市場価値と建物そのもの価値を総合して決まるものだと学びます。
そしていよいよ迎えた建物診断の日。隅々まで“私”の現状を見られるとあって、見た目には自信を持って過ごしてきた私もさすがにドキドキ…!!
(第9回)私の“商品化計画”スタート!

約90分もの時間をかけて私を隅々までチェックしてくれるという「建物診断」。
「既存住宅瑕疵(かし)保険」と「建物状況調査」の検査項目に沿った建物内部の基本調査を中心に、床と内壁の傾きや基礎、床下、小屋裏、外壁、給排水管なんかの状態の他にも、建築基準法の適合調査や各種設備の状態、内外装の状態など広範囲な個所を調べてもらうみたい。
「傾き」は、“レーザーレベル”という機械を使って、四隅に当てたレーザーの水平線と床との距離で傾斜度を計る。
テレビ番組で、力を加えなくてもビー玉が転がる古い家の床をテレビで見たことがあって、「私はあんな風じゃないし」って笑って見ていたけれど、どうも私、全然気がつかなかったけれどちょっぴり傾いてるみたい。
基礎は、コンクリートのひび割れや鉄筋の露出、蟻道をチェック。私の場合は、大きな問題はなさそうだけれど、ひび割れているところがあって、そこを放っておくと、いずれ雨水が侵入して劣化が進んだりするのだとか。
普段はほとんど誰も目にすることのない床下や小屋裏。ここは私自身もあんまり自信がないというか、一体どうなっているのか自分でもよくわからず、ドキドキしていたのだけれど…。カビや構造材の腐食のチェック、断熱材の劣化状況、換気状態なんかを細かく見てもらった。
カビが生えているところなんかは、見られて恥ずかしいとも思ったけれど、でも今までじっくり自分の状態について考えることなんてなかったから、なんだか新鮮。これから、新しい家主夫婦に“もらわれる”日が来るまで、私自身もダメなところとしっかり向き合っていかなくちゃね。
他にも新築時の設計図と照らし合わせながら、「鉄筋探査機」を使って鉄筋の本数を確認したり、と初めて見る機械もたくさん登場した。各種設備の作動検査も終了し、緊張しっぱなしの90分だったけれど、奥さんも同じ気持ちだったみたい。
診断が一通り終わると、大きく深呼吸をした。「報告書が届いたらまた考えるとして、ひとまずやるべきことを一つ成し遂げた、って感じね」。

報告書を待っている間のある日、珍しくご主人が奥さんよりも早く起きて庭に出ていた。
物音に起き出した奥さんはもちろん、私もびっくり! ご主人が誰も乗らなくなった庭のブランコを手入れし始めた。その昔、子供たちがまだみんな小さくてご主人も若かった頃、土日も休みなく働いていたご主人だけど、こんな風に朝早く起きて少しずつ木材を集めて作ったお手製の小さな二人掛けブランコだ。
今ではオブジェ、または奥さんのガーデニンググッズ置き場と化していたのだけど…。そのガーデニング自体もここ数ヶ月はご無沙汰になっていて、雑草に埋もれかかっていたのだった。
「そのブランコは、家の修理のついでに取り壊してもらうことにすると言っていたのでは?」
奥さんが慌てて庭に面した窓から声をかける。
「もし小さい子がいるご夫婦に買い取ってもらうことになるなら、使ってもらいたいな、と思ってな。不要なら処分してもらっても良いのだし。それに、ブランコのある庭ってなんか良いだろう。今の人はどう思うかわからんが」
「そうですか…? あなたがそういうなら。そうね、この庭もゆくゆくは好きに変えてもらっても良いのだから、いずれ見学に来る方々に少しでも良く思ってもらえるように見栄え良くしておきましょうかね」。
奥さんはさっと庭いじりの時の服装に着替えると、ブランコの金具を交換するご主人の横で草むしりを始めた。
「“家”を商品として魅力的に見せることが大事だって担当者の方が言っていたけれど、これもその一つということになるかしらね」
「これをやっとけば正解というものではないかもしれないけど、でも、なんか楽しいじゃないか」
「そうですね」
“私”を売りに出すと決まってから、いや、もしかしたらもっと前から一緒に何か作業をして、一緒に笑うっていうことが少なくなっていたような気がするご夫婦だったけど、この日の二人の笑顔はとびきり素敵だと思った。ずっと忘れずにいようと思った。(続く)